イタリア旅行 〜カルマ編@〜

今回は、私が初めに書こうと思っていた、
8月のイタリア旅行のメインテーマである
「イタリアの大きいカルマ」について
書いていこうと思います。



その前にお断りしておきますが、私はキリスト教徒ではありません。
何か特定の宗教団体に属しているわけでも、
特別な何かを信仰しているわけでもありません。



はじめての体験は、今思い返せば、2010年頃、
今から6年ほど前の体験が
はじまりだったかもしれません。
それは、家の近所の「清滝神社」という
瀬織津姫様をご祭神として祭られている神社に
はじめてお参りに行ったときの体験です。


当時、瀬織津姫様のことを全く何も知らなかった私は、
神社のご本殿に向き合うと、
意味もわからず、号泣しました。



そして確かな感覚。



「私、なにか、とても重要ななにかを忘れている・・・」
(号泣)


「でもそれが何か思い出せない・・・・!!!」
(号泣)




詳しくはこの下の記事に書いてあります。
http://harmonyforest88.seesaa.net/article/389968560.html




上記の記事の中で少し触れていますが、

この重要な何かを思い出す過程―――

その最終地点が今回のイタリア旅行の中にありました。




思い出す過程のなかで、一番最初の体験。
清滝神社での思い出すことのできない「重要ななにか」その一部に、
(その時は繋がっているとは全く理解していませんでしたが)
シータヒーリング練習会で触れることになります。



2009年末、私はシータヒーリングというものを習い、
その半年後、それをすることをやめていました。

しかし、清滝神社で不思議な体験をした半年か一年くらい後、
そこで出逢ったご縁のある方にお誘い頂き、
シータヒーリング練習会へ赴くことになりました。



そこでは、参加者がペアになり、
それぞれの思考癖をチェックする表を基に、
オーリングや掘り下げでブロックを外していくのですが、

確か、私は「神様」にまつわる項目からの流れで
ひっかかり、どうにも前に進めなくなりました。



シータヒーリングの先生に観ていただくと


「あなたの思考のなかに

『キリストが死んだのは自分のせいだ』

 といものがあるわよ」

と言われたのです。


それを聞いた私は




「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」


「キリスト?」


「私のせい?」




「・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」




そのときは全く理解不能でした。
あまりに話が突拍子もなく、信じられませんでした。
ですので、きっと何かの間違いだろう、
もしかしたら単なるリーディングミスかもしれない、
と理解し、信じませんでした。




その先生に観てもらう前、私がお話ししたこととは、
まさしくキリストのことでした。
神様といえばキリスト、という社会イメージがある。
でも私は、(イタリアから帰った今でもそうですが、)
教会へ行き、磔にされたキリストの十字架を前に
お祈りする、ということがどうにも腑に落ちていないのです。


なぜあんな残酷な姿をわざわざシンボルにしてお祈りするの?と。
リアルに、自分だったら相当痛い!とか置き換えてしまい、
とても辛い体験になるからです。

そんな話でした。


という話が一つ目。
二つ目は次回です。




DSC_1622.jpg
サンジミニャーノ参事会教会大聖堂にて




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実は「十字架」については、過去記事「『十字架』というシンボル」
http://harmonyforest88.seesaa.net/article/419389800.html
でもお伝えしている通り、シンボルとして暗号が隠されています。

十字架はキリスト教のイメージが強いですが、
それはキリストが誕生するはるか前から伝えられてきたものです。

古代グノーシス派『十字架』シンボルの暗号
「自分自身の内側と太陽とを交差(cross)させて内なる神を繋ぐ」

十字の切り方
 胸の近くで、左側から右側へ向かって水平線を引く
 =ネガティブ(闇)からポジティブ(光)へ向かう、
 次第に地球物質界の夜が明けて来るということを暗示させるように、
 自分自身の魂に誓う、という意味


 頭上から腹(丹田)に向かって縦線を引く
 =天と地を結ぶ、つまり宇宙と地球を結ぶ、
 その中間点に、自分自身がパイプとして繋がる、という意味


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posted by リュウリク at 00:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする